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第61回

第61回

 「科学技術」という言葉があります。実は英語には「科学技術」に該当する単語がありません。というと皆さん驚かれます。確かに、普通は Science and Technology という言葉が「科学技術」の訳語として使われます。が、これはつまり、科学「と」技術、という二つの概念の結合体であり、「科学技術」とは少し違う語感を持っています。

 日本でも、よく「日本の技術は世界一だ」等という主張がなされます。その是非(つまり、世界一かどうか)についても私は大いなる疑義がありますが、それを別としても、まずは、こうした主張の中で取り上げられている「技術」の定義にも大いなる曖昧さが潜んでいることを多くの方は既にお気づきだろうと思います。 

 例えば、「21世紀になって、日本からは20人近くのノーベル賞(物理学・化学・生理学医学)受賞者が出た」ことは、「優れた科学的知見をもとに人類に利益をもたらす実応用が生まれ、それらがノーベル賞として顕彰された」ことを物語るものですが、寧ろ重点は「科学」にあります。また「日本企業は技術で勝ってビジネスで負けることが多い」という言説(負け惜しみ)は、実業の世界で「一時(おそらく1980年代)は世界の製造業のリーダー的存在であった日本企業(特にエレクトロニクス)が、今世紀に入ってからは多くの分野でその商業的な競争力を失いつつある」ことを表現する場合に多く用いられる言葉ですが(これも、率直に申し上げれば近年では「技術でも負けている」事例が急増していると私は考えていますが)、いずれにせよ、「技術とは、科学的知見がモノやサービスといったものに化体され、何らかの便益を創出するもの」という認識が背後にあります。更に、「日本の中小企業の技術は宝だ」という言説もよく見られます。これについては、私もその結論には概ね賛同するのですが、ここでの「技術」とは、実は「技能」ないしは「技術と技能の複合体」を意味していることが多いように思います。

 このように、実は「科学」「技術」「技能」は、別概念ではあるが独立概念とは言い難く、「技術の高度化のためには科学的根拠に基づくメカニズム解明が不可避」であるとともに、「高度化された技術を実際のモノやサービスに実装するためには種々の技能が不可欠」です。加えて「科学」は価値中立(新たな知見が得られることそのものに価値がある)ですが、「技術」はそれを使うことにより何らかの便益(現世ご利益)が創出されるものでなければ価値がありません。また「科学」も「技術」も一般性と再現性を持つ(誰がやっても同じ結果が得られる)ものでなければ広く認められませんが、「技能」は個人に宿るものが多く、また、言語化・抽象化が極めて難しいため、他者による再現は簡単でない。だからこそ、模倣はされにくい反面、継承や普及も容易ではないものです。

 ちなみに、この3つを分かりやすく説明せい、と言われたら、私は大体次のように言っています。「教科書に載ってて数式になっているのが科学、設計図や特許の図面になっているのが技術、紙に書いてなくて頑固親爺に殴られながら5年一緒にいないと身に付かないのが技能だよ」。これもちと乱暴だな、えへへ(殴られることは必要条件ではない)。