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第57回

第57回

 今年もノーベル賞の発表(生理学・医学、物理学、化学のいわゆる3賞)が終わりました。残念ながら日本人研究者からは受賞者は出なかった訳ですが、それでも人類の将来に繋がる科学技術に関する研究が顕彰されるのは素晴らしいことです。

 私の古巣の産総研(国立研究開発法人・産業技術総合研究所)でも、毎年この時期は張り切って(自他ともに認める?)候補者と広報担当者が「待機」し、ネットでの受賞者発表を固唾を呑んで凝視している訳ですが、まあなかなか受賞には至りませんね(そのあとヤケ酒を呑んでいるのかどうかは知りませんが・・・)。しかし、私が小中学生だった時代を振り返れば、湯川秀樹先生とか朝永振一郎先生等が数少ない日本人の授賞者であった訳で、まあ、これらは相当に「浮世離れ」した研究ですが、これは、戦争を経験した日本としてみれば、おカネのかからない研究~語弊を恐れずに言えば、脳味噌一丁で勝負できる研究~しか対象とならなかった、という事情を反映したものでしょう。また、昔は「浮世離れした研究ほど、高度で純粋で有難いもの」という認識があったのも事実でしょう。

 しかしながら、最近の状況は全く違います。21世紀になってから(米国籍の方も含めれば)18人の研究者の方々がノーベル賞を受賞していますが、キラル触媒による不斉合成の野依先生、生体高分子の構造解析手法の田中耕一さん、緑色蛍光蛋白質(GPF)の下村先生、クロスカップリング反応の根岸先生・鈴木先生、iPS細胞の山中先生、青色LEDの赤崎先生・天野先生・中村先生、線虫寄生感染症治療の大村先生、オートファジー解明の大隅先生、癌免疫治療の本庶先生、リチウムイオン電池の吉野さん、と実に3分の2を超える13人の受賞者が、いわゆる「産業・実社会への応用に繋がる研究」の功績で受賞されています。また、日本には大学・公的研究機関・企業のそれぞれにこれらに続くネタが沢山あるのも頼もしい限りです(ただし20年後は危ない! これについてはまた別の機会に)。なお、勿論、ニュートリノ観測の小柴先生や、小林・益川理論・CP対称性の破れの小林先生・益川先生・南部先生、それにニュートリノ振動の梶田先生の功績も素晴らしいし、加えて、こうした研究成果も50年後くらいには産業応用に繋がる可能性がありうることも認識すべきです。

 そういう意味では、研究というものに対しては安易に「役立つ」とか「役立たない」というレッテルを貼るべきではないし、「すぐには役立たなくても、将来、もしかしたら当初の研究者の想定とは違った形で役に立つ可能性のある」研究の価値というものを十分に意識することは重要な筈です。

 ただし、それには社会の科学技術に対する「信頼感」が必要となります。つまり「中身は難しくてよく分からんけれど、こういうことをやっている〇〇先生の研究は、もしかしたら将来の人類を救うかも知れないんだな」という感覚を一般市民が持てるかどうかにかかっています。その点では、最近の科学技術コミュニティは色々な努力もしているけれど、まだ不十分でしょう。また、一般市民の側も、深く調べもせずに「いいね」を安易に連発したり、一方で言葉尻を捉えて炎上させる等は、インターネットの普及がもたらした負の側面の一つと言えるかも知れません。とまあ、柄にもなく少し真面目なことを考えてみました。