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第55回

第55回

9月の連休は Silver Week という名称が付いているようですが、大したこともせず過ごしていました。土曜はある大学で大学院生の修論・博論指導をし、日曜・月曜は近所のホームセンターで園芸用品を買い、火曜はある学会の関係の報告書の修正作業、とまあおカネはかからないが、特に楽しい訳でもない、という具合です。

 珍しく書店に寄り、購入して面白かった本に「日本史サイエンス(播田安弘著・講談社ブルーバックス)」というものがありました。著者は船舶設計の専門家で、その立場から、日本史上の謎(①文永の役で蒙古軍はなぜ一夜で撤退したのか、②羽柴秀吉の「中国大返し」はなぜ成功したのか、➂戦艦大和は本当に「無用の長物」だったのか)に切り込んだ本です。

 私も常々、特に②の「中国大返し」については、どうやってせいぜい8日間程度の期間に2万もの軍勢を、備中高松城から京都山崎まで移動させたのか疑問に思っていました。軍勢の殆どは当然、足軽兵ですから徒歩、しかも武具や兵糧を担いでいますから1日数十kmを走破するのは楽ではありません(私は高校時代、「夜間行軍」と称する桜島徒歩一周だか何だかをやらされて翌日起き上がれなかった軟弱者です)。その間の食糧や飲料水の補給はどうするのか? どこで寝るのか? トイレはどうするのか? 途中で本拠の姫路城に戻り、そこで貯めていた資金を残らず全軍末端兵士に至るまで公平に分配し、士気を上げた、というのはよく本に出てきて、「乾坤一擲の大勝負に臨む時には、出し惜しみをしてはならん」ということの教訓として伝えられますが、それだけで果たして全軍の兵士が奮いたって付いてくるものなのか・・・?

 まあ、著者の回答はネタバラシになりますのでここでは遠慮しますが、いずれにせよ、ロジスティックスというものに対する周到な準備というものが不可欠だということは判ります。役人時代、偉い人(大臣とか、副大臣とか)に出張をお願いする際には、上司から「メシと足はどうなってる?」とよく指摘されました。会議や会談の中身の資料も、それこそ必死の思いで準備する訳ですが、それ以前に、「どこで何を食べるか?」「どうやって移動するか」はそれこそ大問題な訳です。特に時差の大きな欧米での会議に臨むにあたっては、長旅で体も胃腸も疲れているし、機内食を摂るタイミングとの関係であまり空腹ではない場合もある。会合が立て込んでいる時には、ブリーフィングも一緒に済ませられるような軽食が寧ろ向いている場合もあるし、一方で、外交の一環として先方の代表と食卓を囲む際には、それ相応の構えや格というものも必要だ・・・。また、移動にしても、パリ市内の混雑の中では、よほどの熟練ドライバーでなければ凱旋門の周りをぐるぐると周回するのみで到着時刻が読めない、かと言って出発が早すぎるとこれまた待機場所も無いような場合には困ってしまう・・・。

 秀吉の部下には、後世、ロジスティックスの達人と謳われる石田三成が居たということも大きな要素かも知れません。豊臣政権下での大規模プロジェクトのロジスティックスは具体的にどう計画・実行されたか、それを実現させた社会制度上のカギは何だったか、を調べると更に面白そうです。