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第130回

第130回

 今週は、久しぶりに真面目な本を読んだので、物理定数の話を書いてみたいと思います。ブルーバックスの『宇宙を支配する「定数」』、著書は私の古巣の産総研の執行役員・計量標準センター長の臼田孝博士です。ご丁寧に上梓間もない著書をお送りいただきました。

 321日は「春分の日」でした。皆さんよくご存じのとおり、1年は365日、1日は24時間、1時間は60分、1分は60秒と決まっています。古代エジプトを始めとする文明は、どれも季節の巡りから1年の長さを規定し、春分や秋分には昼間の時間と夜の時間が等しくなることを発見していました。これは、規則正しい農業の営みや、民の統治に不可欠だったものと思います。江戸時代まで日本では太陰暦(太陰太陽暦)が使われていましたが、これだと3年に一度閏月が必要になり、その年は公務員に給料を13回支払わねばならないので、大蔵大輔だった大隈重信が太陽暦の導入を推進した、と何かの本で昔読んだことがあります。

 いずれにせよ、時間を正確に記録するニーズは、技術の進歩とともにその精度の向上をも促すことになる訳ですが、私が中学生時代に読んだ古い本では、まだ「1秒は1太陽年(地球の公転周期)の3155925.9747分の1」とされていました。尤も、1950年代半ばには、セシウム(Cs)原子を用いた原子時計が出現し、1967年のメートル条約総会で、「1秒は、セシウム133原子の基底状態の二つの超微細順位間の遷移に対応する放射の9192631770周期の継続時間」とされたそうです。何にせよ、こうなると、実感を以て「1秒とは」ということを言える感じがちょっとしませんね。

 産総研では、更に高精度のイッテルビウム(Yb)原子からの線スペクトルを使った光格子時計を開発中で、私もその時計の部屋には、在籍中2回しか入ったことがありません。なお、「光格子時計」は、理論・実験双方のパイオニアである東大の香取秀俊教授が近年、ノーベル賞候補となっています。原理的には「300億年に1秒」しか狂わないと言われていて、これが実現すると、様々なものの計測制度が現在より飛躍的に向上します。まあ、宇宙が誕生してから138億年と言われていますので、宇宙の誕生以来0.5秒程度しかズレない時計という訳です。現在のセシウム原子時計でも、既に稼働を始めてから50年近くの期間に、地球の自転とセシウム原子時計の間には約30秒のズレが生じているそうですが、科学技術というのは凄いモノだと感じざるを得ません。

 臼田さんから頂戴した『宇宙を支配する「定数」』には、この他にも、光速、万有引力定数、電気素量、プランク定数、ボルツマン定数等がどうやって決まったのか、それの持つ意味は何か、といったことが判りやすく解説されています。高校の物理の復習にも最適です。何より、計測・計量というのは、言ってみれば工業開発・産業応用の基盤というかインフラです。近年、科学技術の分野では中国やその他の新興国の進展が目覚ましいのも事実ですが、こうした基盤的な分野の研究はまだまだではないかと思います。是非、「誰も測れないものを測る」「誰よりも正確に測る」「それを産業の基盤にする」という精神で、こういう分野の研究者にも頑張って頂きたいし、そうした研究成果の産業応用についても、若い人たちにどんどん考えて欲しいものです。こういう、一見地味(と言うと、必ず計量標準の研究者に怒られる)な研究の「価値」というものを多くの人にも理解してもらいたいと思っています。