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第121回

第121回

 2022年が始まってもう3週間近くが過ぎました。いつもながら早い! どうも50歳を過ぎてから時間の経過が早すぎる。と言っているうちに60歳になってしまいました。が、家庭では、自分の誕生日が顧みられることは久しくないので、ごく淡々と還暦を迎えた訳です。

 サザエさんの父である波平氏が54歳である、という設定は有名ですが、彼は私より家庭内で威厳があり、また、姿かたちも立派な初老紳士であります。自分は鏡を見るたびに髪の毛が薄くなっているものの、あまり威厳のあるオッサンとなったとは言い難い。中身は更に成熟というものとは程遠い。自己責任とは言え、これが60年の人生の成れの果てかと思うと、情けない限りです。

 で、ちょっと早いとは思いましたが、外山滋比古著『老いの整理学』という本を読んでみました。孫引きですが、米国のリズ・カーペンターという女性は、加齢に際して「スタイリッシュ・エイジング」なるものを唱え、その三則として、「招待を断るな」「どんどん人をもてなせ」「何が何でも恋をせよ」と主張したそうです。まあ、外(他人)とのネットワークが細ると刺激に乏しくなり、老化が進むのだろう、ということは実感できます。以前、役所の先輩から、「いつまでも若々しくあるためには、ヤスナガ君、1)細かいことでも自分で何でもやる、2)おしゃれをする、3)異性に関心を持ち続ける、ということだねえ」という忠告をご親切にも頂戴しました。1番目は、当事務所のように小さな職場では、当然そうしなければなりませんし、2番目は、経済的に限界はありますので簡単ではないのですが、この年齢になると、何が自分に似合うのか、ということは段々分かってきています(ま、流行に左右されないと言えばよく聞こえますが)。残る3番目は、これは自信があります。問題はありません。

 で、自分に合った「60歳の三則」を考えてみました。一つ目は、「出番は断らない」です。これは、私個人としても組織人としても、「何かお役に立てそうなら、何でもやる」、ついでに、相手の期待値の3割増しくらいのアウトプットを(毎回出せるとは決して思わないけれど)出せるくらいには頑張ると、次のお座敷にもお呼び頂けるだろう、ということです。

 二つ目は、「嫌われても、言うべきことは言う」ということになるでしょうか。今までも結構好き放題なことを放言して、各方面で顰蹙を買ったりしておりますし、「嫌な奴だ」と思っておられる方も多かろうと思います。が、それでも、過去に「言おうかな、やっぱり止めとこうかな」と飲み込んできたことは、それで世の中が丸く収まったことはあるにせよ、結構後悔しているものです。少なくとも、嫌われても大して気にならない年齢にはなりました。だから「言うべきことは言おう」という訳です。ちなみに、妻にもこれを宣言し、「だから俺の葬式には誰も来ないかも知れんぞ。その方が喪主としてもラクでいいだろう」と恩着せがましく言ったら、「とんでもない。アンタが死んだら盛大に祝いたいから弔問客は沢山いた方が良い」とのこと。トホホ・・・。

 で、最後の三つ目です。「異性に興味を持つ」のは特に心掛けなくてもできますが、さすがにそれが具体的な行動に結びつかない(あるいは先方から相手にされない)のが、60歳の厳しい現実です。また、「健康に留意する」というのも、当たり前過ぎてあまり面白みがありません。となると、「知的好奇心を満足させるための投資は(勿論可能な範囲で)惜しまない」ということでしょうかねえ。体力・財力・時間の制約もまた、大きい訳ですが。命短し、タスキに長し。あれ?