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第106回

第106回

 最近、「俺は時代に追い付いていないな」と感じることがよくあります。一番良く分からないのが、「暗号通貨」です。先日、中米エルサルバドルが「暗号通貨の一つであるBを法定通貨として採用」した、という話を新聞で見て「?」という感覚に襲われました。

 通貨というものは、その国の中央銀行が発行するものであり、すなわち国家という信用を背景とするものだと固く信じていた私には衝撃以外の何物でもありません。その後、Bが値上がりしただの暴落しただのというニュースが流れますが、「国家という信用」を背景にしていない通貨(?)の価格が乱高下するのは、ある意味当然で、よくそんなものを「法定」通貨にするよな、大丈夫かよ、そもそも暗号通貨の「市場」っていうのはどこにあるんだよ? 取引のルールはどうなってんだよ? と思ってしまいます。

 古い話ですが、ニクソン・ショックで「米国がドル紙幣と金の兌換を止めた」時、自分は小学生でしたから、その世界経済に与える意味は良く分かりませんでしたが、「おカネの価値というものが、金(gold)に裏付けられていた」ことを知ったことで「世の中って何だか凄いな」「アメリカって太っ腹だったんだな」と感じたものです。

 ですから、「米国証券取引委員会(SEC)が、仮想通貨イベント会場で参加企業に警告を発した」等という記事を見ると、「そりゃそうだろうな」と感じてしまう訳です。政府という「信用ある存在」に裏付けられていない通貨を、当局が警戒するのは当然だよな、という感覚です。私は、約89年前にジンバブエに出張したことがありますが、首都ハラレの公園で見たのは、経済政策の失敗によってハイパーインフレを起こし、ついには信用を失って紙屑同然となった同国紙幣でした。いや、実際にそれは紙屑で、土産物の「折紙細工」となって売られており(買いました)、通貨としては米ドルが使われていました。

 昭和のオヤジである私は、「暗号通貨お買い物ポイント」みたいなモンだろう、という風にしか理解できていません。自分が意識してポイントを貯めたり使ったりしているのは、スーパー、家電量販店、クリーニング屋、くらいです。法定通貨にするということは、社会全体でそれが流通し、決済手段として活用できるということに違いありませんが、やはりその安定性や信頼感という観点からは疑問を持ってしまいます。

 一方で、世の中のオジサン達の言動にも、これまた疑問を持ってしまうことも多いです。例えば、先日、経済団体の会合で「45歳定年制導入」を提唱してネット上で大炎上していた某大企業のトップ。まあ、そのオジサンは立派な経営者なのでしょうが、それを言ったらどういう反応が返ってくるかについてはアセス不十分だったんでしょう。真意はどうであれ「経営者側の都合だけで」「経験年数の高い層を一律に邪魔者扱いし」た上に、「年齢という外形的な属性だけをメルクマールにした一方的な制度」と受け止められたのでは? 勿論「45歳になったら独立できるくらいのスキルを持てるように若いうちから頑張る」のは大変良いことですが、経営者としては、それが可能な職場環境や研修機会を実現しようという主張なら、まだ理解されたんでしょうけれど。そもそも、これを40歳の人が言うならまだしも、60歳過ぎた人が言うと、まず「アンタはどうなんや?」と言われますよね。おっと、暗号通貨が理解できないのは仕方ないとして、他人の批判もいい加減にしないと、自分も「老害」と呼ばれますな。