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第104回

第104回

  9月に入って雨が続いています。例年だと「暑い~、たまらん」と言いながら過ごすのですが、ここ数日は寧ろ肌寒い。強烈に暑がりの私ですが、半袖1枚ではちと暮らしにくい。今年は8月の長雨といい、ちょっと異常気象ですね。

 先日、『学校ってなんだ! 日本の教育はなぜ息苦しいのか』(講談社現代新書 工藤勇一・鴻上尚史著)というのを読みました。たまたまネット通販で売っていたのを何の拍子か買っただけですが、自分自身は、いわゆる初中等教育を終えてから既に45年近く経過している中で(まあ、次男は半年前まで中学生でしたが)、大学で教えたりすると、何となく昔より若い人が妙に器用で行儀良くなった気がするなあ、と感じる機会が多かったので読んでみた、という訳です。

 私自身は、少なくとも中学校まで、教育(学校)を「息苦しい」と感じたことはありません。かと言って絵に描いたような優等生であった訳でもなく、休み時間に体育館のマットで回転エビ固めを練習してアタマを打ったり、下校中に「九州スポーツ」を買って前日のプロレスの試合結果を確認するついでに掲載されているエロ記事に妄想を膨らませていただけのフツーの健全な少年でした。

 ですから、この21世紀の世の中で、「生まれつき髪の毛が茶色い生徒は『地毛証明』の提出を学校に求められる」とかいう話を聞くと驚愕してしまいます。そこまでやる必然性はどこにあるんだろう、と。著者の一人の鴻上尚史氏は、かつて高校生時代、生徒会長を務めつつ「愛媛県高校生徒会連合」を組織し、複数の高校で集まって校則問題を議論するといった経験をお持ちだそうで、私なんぞは「そんなのどうでもいいやん」と脱力してしまいますが、もう一人の著者の工藤勇一氏は、2014年から6年間、千代田区立麹町中学校長を務め、生徒の自律化を目指して様々な改革(ご本人は「改革でなく改善」と言っておられる)を進めて来られた方で、これまた説得力があります。

 私は、相撲やプロレスを観て育ったせいか、「持ち味が画一化された集団」にはあまり魅力を感じません。相撲でも、四つ相撲、突き押し相撲、多彩な業師、・・・といったタイプの違う力士がいるから面白いですよね。プロレスも正当派ストロングスタイルから怪力ファイター、喧嘩殺法、空中殺法、・・・等の「芸風」の違いが観客を喜ばせます。ここでは凶器攻撃や流血も「芸のうち」です。一方で、高校総体等では、時として柔道の強豪校等の選手は皆、坊主頭で背負い投げばかり、というような例もあります。指導者の趣味でしょうが、高校総体はそれでもよいとしても、「興行」としては絶対に成立しないやり方です。

 若い人が皆器用で行儀がいいことを、悪いことだと言うつもりもありません。私が産総研在籍時代に秘書をやってくれた女性職員は大学新卒の1年生でしたが、全くソツなく仕事を進めてくれて驚くばかりでした。私が唯一注意したのは、出張の土産に饅頭だか何だかを買ってきた時くらい。「お茶の時間にみんなで分けて食べてね」と言ったら、私の分が無かったので「出張土産の饅頭は僕にも1個残しておいてよ!」という魂の叫びを上げてしまったのでした・・・。