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第97回

第97回

 今週末から東京オリンピックが始まります。ま、無観客だし、東京都ではコロナ感染者がほぼ連日1000人を超え、医療逼迫の可能性が高まってきていること等を考慮すれば、盛り上がりにやや欠けるのも致し方ないところです。こちらも「観戦か?感染か?」(回文かつ畳文)等と気にすることなく、TV観戦中心に過ごす日々になります。

 アマチュアスポーツにも色々な見どころがありますが、私としては、観客としてスポーツを観るのであれば、やはり「超人」の驚嘆すべき「芸」を見たい。TVでタダで見ている立場では虫が良すぎるのですが、プロも驚くような「世界一の超絶芸」を見せて欲しい。

 とは言え私も、オリンピック競技のうち、男子体操、柔道、レスリング(グレコローマン、フリースタイルともに)の3種目だけは欠かさず見てきました。プロレス観戦の際に技術面で大いに参考になるからです。プロレスラーの中で、アマレスの五輪出身者はかなりの勢力です。古くはサンダー杉山、マサ斎藤(この2人は64年東京五輪)から、ジャンボ鶴田(72年ミュンヘン)、長州力(同・韓国代表)、谷津嘉章(76年モントリオル)、本田多聞(84年ロス等)、馳浩(84年ロス)、中西学(92年バルセロナ)まで。彼らアマレスをバックボーンに持つ選手のスープレックスは勿論、片足タックルでのテイクダウンやバックを取る際のムーブ等は、時折プロレスの試合でも見られ、実に味わい深いものがあります。

 今の五輪と昔の五輪の最大の違いはプロが出ているかどうか、だろうと私は思います。64年東京五輪の象徴の一つである『東洋の魔女』たちは、日紡貝塚の紡績工場で皆、昼間は働き、夕方から深夜まで『鬼の大松』の考案した回転レシーブ等の練習をヘトヘトになりながら繰り返していた人たちです。大松監督自身も資材課の係長として練習の後、会社に戻り深夜まで帳簿を睨みながら仕事していたそうです。やはりこういうのはグッときますね。高度成長期の日本人の琴線に触れたのも当然だと思います。

 まあ、プロと言っても、昔の競輪の中野浩一選手が自転車競技の世界選手権に出ていたのは、寧ろ「マイナーな自転車競技に市民権を」「公営ギャンブルから日の当たる檜舞台へ」という矜持を感じるから嫌いではないです。しかし、何億円も稼いでいる(中野選手も競輪の賞金王には何度もなっているが)プロ野球選手が、ゼニも貰えないのに侍ジャパンと名乗ってハシャイでいるのは理解に苦しみます。大リーガーは出てこないから、これで金メダル取っても世界「二番目」でしかないんだけどな。今はほぼ完全にプロ選手の競技になってしまった感のある五輪野球ですが、ここは原点回帰してアマ中心に戻し、せめて「プロの出番は、打者も投手も7回以降に限り、打者は合計3人・3打席まで。投手は合計2人・40球まで」とかにすればいいと思うんですがね。まあ、となると、プロアマ対戦が不可避的に実現するので、それはプロにとっては嫌でしょう。プロレス的常識では、アマに不覚を取ったプロは同業者や興行主に馬鹿にされて仕事を干されます。ですから、そういうプロアマ対戦の五輪では、プロ野球選手は(相手がアマの場合)打者は全打席ホームランを、投手は全打者から奪三振を、というのを見せつけて欲しい。そういう競技は色々な意味でスリリングですよね。へへへ、性格悪すぎですかね。