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第92回

第92回

 今週のお題は「制約の中の創造性」という話です。

 69日の日経新聞に、スズキの鈴木修会長の「軽自動車はエンジンの排気量や車体のサイズが法令で制約されている。その制約をいったん受け入れて、その上で技術者がいいものを作ろうと頑張るから、いい車ができる」というコメントが掲載されていました(本題はそっちではないんですが・・・)。

 「制約があるからこそ、創造的になれる」というのは、一見逆説的ですが、そういうことは実は色々なところに転がっているのではないかと思います。

 例えば、小中学生時代に電子工作をされたことのある方はご記憶だと思いますが、「レフレックス・ラジオ」というものがあります。一つのトランジスタに高周波増幅と低周波増幅の2つの作用をさせるというものですが、これは、明らかにトランジスタが高価だった時代に、(しかもお小遣いの限られた子供の懐にも配慮して)何とかして1つのトランジスタで2石分の働きをさせたいと考えた、ケチケチ型の創造的設計の典型例でしょう。

  私は34年前、通商産業省(現・経済産業省)の宇宙産業課という所で資源探査衛星や無重力実験衛星の開発の仕事をしていました。衛星開発というのは、まさに「制約」との闘いなのですね。重量、電力、データ通信量、寿命、工期、予算、・・・あらゆるものに制約があり、制約を全部満たしてなおかつ所定の機能を実現しなければなりません。個別の機器の開発担当者が「そのリソース俺にくれ」「いやそれではこっちが立たない」という主張をする中で全体として良い衛星を作る必要があります。凄く勉強になりました。

  音楽の世界でも、「制約があるからこそ、天才が輝く」例があります。第1次世界大戦のパイロットとして従軍して右腕を失ったウィトゲンシュタインというピアニスト(有名な哲学者の兄です)が、除隊後に左手だけのレパートリーを求めて色々な作曲家に作品委嘱をしました。現在でも最もよく演奏されるのがフランスの作曲家Maurice Ravelの『左手のためのピアノ協奏曲』です。これ、左手1本なのに、(箇所によっては)普通の人の3本分くらいの音を鳴らす曲で、超難曲ですが素晴らしい曲です。他にもProkofievのピアノ協奏曲第4番とか、Godowskyという19世紀末~20世紀のピアニストによるショパンの『革命のエチュード』の左手編曲版など色々あるのですが、「制約の中での創造性」を最も感じさせるのがRavelの『左手』です。(余談ですがRavelには「両手」もあり、これも名曲です。)

  最後は私の本来の専門分野であるプロレスから。ジャイアント馬場は、以前、ビル・ロビンソンとのタイトル防衛戦のあと、こういう発言をしていました。「俺、(11のあと)3本目はあいつの好きなようにさせたんだよ。そうすると、ああいうテクニシャンは、何をやればいいか分からなくなって自分のワザを全部出そうとしてくるからさ。その方がこっちは簡単なんだよ」。なるほど、深い。確かに自由だけを与えても、どこか焦点が定まらない奴は「業師、ワザに溺れる」の喩え通り、意外と大したことができない、という教訓ですね。以て瞑すべし。