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第87回

第87回

 今回は、「総論と各論」の話をしましょう。私はある大学の大学院の知識科学系の学科で「オープンイノベーション論」等というものをしたり顔で講義しているのですが、その中である学者の著書の中の「Black Box化、特許、標準化・オープン化等の知財マネジメントが重要」という記述に関して、自分でも話しながら、「これはアタリマエの総論だな、これでは各論が無いからワケ判らんよな」と妙に納得してしまったという次第です。

 当然、多くの人は「では、どの部分を Black Box化し、どの部分をオープン化すると良いんですか?」という疑問を抱く筈です。私も(そして他の技術経営分野の研究者も)「こういうケースではこうしたらビジネスとして成功した」等という事例は幾つも知っていますから、「例えば」ということで話をしてお茶を濁す訳です。古くはIntel の「MPUは自社製品として社内開発し、製品としても堅持するが、マザーボードについては、IBM PC-AT機という基本アーキテクチャに沿いつつ規格を制定し、周辺のサブシステムとのインタフェースやレイアウトは開示して、サードパーティがライセンス料を払えば生産できるようにした」等ですね。(他にも Qualcomm 5G規格とか、ARMのプロセッサコアとかの事例が挙げられます。トヨタの燃料電池自動車の特許開放方針もその一つですね。)

 もし、これを一般化しろと言われたら、「他社の参入のハードルを低くして市場拡大を図ることが有利な部分は標準化する等してオープンにし、自社の技術的な優位性を最大限活用して長期的に高い利益を維持できる中核技術については知的財産権の独占や使用不許諾等によってクローズにしろ」ということでしょう。でも、それでは入口論の域を出ず、本当の意味で「何をオープンにし、何をクローズするか」の答えにはならないですね。

 ここまで書いて、プロ野球の故・野村克也氏のことを思い出しました。私はビジネス書というものに興味がなく、自分でおカネを出して買ったことも殆ど無いのですが、プロ野球の監督論の本でノムさんと魔術師・三原脩監督のものはほぼ必ず買っています。

 野村監督の本に「打者のボールカウントは12種類ある」という記述がありました。当然です。ストライクが0/1/23種類、ボールが0/1/2/34種類ですから、12通りになります。ノムさんは、試合の局面やボールカウントを見つつ、ピッチャーの特性やバッターの強み・癖・調子等を見極めながらサインを出していた筈です。その「各論」の中には、理論やデータでは裏付けられず「気分」や「直感」によるものも多少は含まれていたでしょう。が、彼の豊富な各論経験(失敗も含め)が、独特の「ID野球」というものの基礎を作った筈です。「数限りないケース」をアタマの中に整理している、ということが彼の頭脳派キャッチャーとしての強みとなり、その「各論の集積によって体系化」された知識がその後のプロ野球界で継承される「信頼できる総論」に繋がったのだと思います。

 ここまで書いて、閃きました。ミスタープロ野球・長嶋茂雄氏に「打者のボールカウントは何種類あるか?」を訊いてみたらどうなるでしょうか? 私は長嶋ファンで決して彼を貶めたいという意図はありませんが、この答を訊くのはちょっと怖い。例の甲高い声で「う~ん、どうでしょう。いわゆるひとつのボールカウントですか。私の現役時代には8種類くらい、だったですね。えっ? 今は12種類もあるの? 現代ベースボールは複雑化してますねえ。僕はバットマンとして、ジャイアンツの4番でしたからね、カウントを気にせず、シュッと来たタマをこうガッと腰入れてグワ~っと打つ、というのが仕事でしたからね~、ハイ」とか言いそうで・・・。