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第84回

第84回

 先日、『フォン・ノイマンの哲学 人間のフリをした悪魔』(講談社現代新書・高橋昌一郎著)という本を読みました。フォン・ノイマンはご存じのとおり、現代のコンピュータの基本アーキテクチャ(ノイマン型コンピュータ)を考案した数学者です。高校の数学の教科書にイラストが掲載されていたような微かな記憶があります。

 当時は、「プログラム内蔵方式のディジタル・コンピュータ? ふ~ん、CPU、メモリ、ディスプレイ、プログラム、・・・確かに成程、と思うような構成だけど、これってエンジニアリングの問題じゃん。本当に数学屋の仕事なのかね?」という生意気な印象しかありません。が、どうも(誰も説明してくれないが)色々な数学の本にNeumannという固有名詞が幾つも出てくる。これは、あの高校の数学の教科書に載っていた何だかツルンとした顔をしたオッサンと同一人物だろうか、と思っているうちに何十年かが過ぎ、この本で初めてノイマンの恐るべき頭脳というものを知りました。
 
 ノイマンの幼年期~少年期には、戦慄的なエピソードが沢山あります。「11歳のノイマンと一緒に散歩をしていた12歳のウィグナー(注:後のノーベル物理学賞受賞者)は、ノイマンから『群論』を教えてもらった」、「ギムナジウムの数学教師は、ノイマン家を訪れて『ご子息にギムナジウムの数学を教えることは時間の無駄であり、罪悪です』と言って、大学レベルの数学を教えることを勧めた」、「22歳のノイマンは、スイス連邦工科大学(ETH)チューリヒ校の応用化学の学士号を取得するとともに、この年に『数学雑誌』に掲載された『集合論の公理化』がブダペスト大学大学院数学科の学位論文として認められ、学士号と博士号を同時に取得した」等です。これらを読むと、自分がいかにボンクラであるかがよく分かって悲しくなります。私の幼年期における(もしかして生涯の?)最も輝かしいエピソードは、3歳頃にジイチャンとTVで大相撲を見ていて「大鵬」「柏戸」「麒麟児」等という漢字を読めた!ことなのですが、当然、全く比較にはなりませんな。
 
 さて、ノイマンは、その後も「量子力学の数学的基礎」やら、「ゲーム理論」やら、果てはマンハッタン計画の一員として米国軍事研究に協力して「爆縮型」原子爆弾開発の理論的基盤を作るのに貢献したりしたそうですが、1945年春には、ロスアラモス国立研究所から帰宅後に、「科学者として科学的に可能だと分かっていることは、やり遂げなければならない。それがどんなに恐ろしいことだとしてもだ」等と口走っているそうです。科学とELSIEthical, Legal and Social Issue:倫理・法律・社会の問題)の関係が重大な課題となっている現代から見れば、これは大問題発言とも言えます。
 
 ちなみに、彼は、世界最初のコンピュータとして有名なENIAC(彼がその試作品の改良を指導した)によって毎秒5000回の計算が可能になった際に、「これで、ようやく私の次に計算の早い機械ができた!」と言ったとか。「私の次」というのがいかにも恐ろしい。世の中に大した貢献ができない私は、その代わりに人類の脅威にも絶対になり得ないので、まあそれはそれで世界平和に役立っていると自分を納得させるしかありません。