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第82回

第82回

 今年も既に3ヵ月余りが過ぎました。今更ですが、2021年あるいはその前後の年が、どういう時代と捉えられていたのかを調べてみました。

 まず、いきなりですが、『ソイレント・グリーン(Soylent Green)』という映画をご存じの方は私と同年代か、少し年上の方でしょう。中学生の頃に見た記憶があります。調べると、1973年のアメリカ映画で、「2022年、留まるところを知らない人口増加により、世界は食住を失った人間が路上に溢れ、一部の特権階級と多くの貧民という格差の激しい社会」となっていた(Wikipedia)という設定です。特権階級でない殆どの市民は「ソイレント・グリーン」という合成食品を争うように買い求めていた・・・のですが、実はそれは人間の死体から作られているものであった、という話です。いわゆる dystopia 系の話ですが、見た時、ホントに怖かったです(工場のベルトコンベアとか電話があんまり未来っぽくないのも逆に不気味だったですね)。 

 もう一つ、思い出しました。1960年代前半生まれのよいこは、『ウルトラQ』の「2020年の挑戦」に登場した「ケムール人」の不気味さにトラウマを感じていた筈です。2020年からやってきたケムール人は、「医学の驚異的な発達により、内臓移植や皮膚の生成を繰り返して500歳という長寿を保てるようになったが、歳月とともに進行する肉体の衰えには勝てず、地球人の若い肉体に着目して地球を来訪した」そうで、「消去エネルギー源に触れたものを次々と消滅させ、ケムール星へ電送・誘拐して」いたんだとか(Wikipedia)。今なら、「日本の地球人は必ずしも若くないぞ!」というツッコミも入りそうです。(この設定で、「地球人の生命をカメラに収め、自分の延命に使おうとしたワイルド星人(@ウルトラセブン)」を思い出された方、なかなかのウルトラ通です。コロナ禍が終わったら呑みに行きましょう。)

 さて、私達が現実に生きている2021年はどんな時代でしょうか? ソイレント・グリーンほどではなくとも、世界には食料・栄養不足の人々が溢れています。また、日本では医療も普及し、ケムール人ほどではないが「人生100年時代」とまで言われるようになりました(この言葉は別の意図で使われているのではないか、という指摘はあるにせよ)。しかしながら、長寿にはなったものの健康に問題を抱えたシニア層で溢れる先進国、乳幼児死亡率が高く、人間として尊厳ある生き方を選べない開発途上国・最貧国、と世界は矛盾だらけです。

 数年前、『昭和ちびっこ未来画報 ぼくらの21世紀』(青幻社)という本を買いました。私たちの「ちびっこ」時代に少年誌等に掲載されていた未来図を集めたものです。「動く歩道」「ビル屋上のヘリポート」といった、既に197080年代に実現したものから、「夜のないせかい 人工たいよう」等という迷惑なものや、「たいふうをふせぐ たいようでんちの島」といった「本当に大丈夫か?」というようなものもあります。やはりこういうユートピア的な未来像というものは、1970年の大阪万博の頃に一つのピークを迎えたのだと気づきます。これは世相を敏感に反映しているということだと思います。SDGsが課題として突きつけられる私達は、dystopiautopia の間に聳え立つ壁の上を綱渡りのように歩いているのかも知れません。