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第80回

第80回

  3月末ですね。すっかり春となり、桜も咲き始めています。首都圏の緊急事態宣言は解除されましたが、首都圏では感染者がじりじりと増加基調にあり、油断はできません。私達UNIDOの職員は年末に契約更新の手続きをするので、3月は年度末でも何でもないのですが、それでも、お付き合いのある民間企業や官庁、大学・研究機関はどこも年度末なので、何となく気ぜわしい時期でもあります。

  この3ヵ月も、当然ながらオンラインでの仕事が主体でした。世の中では「飲み会を断らない女」とかいうのが一時期話題だったりしましたが、私は零細国際機関の出先のオヤジとして、「せっかくお話を頂戴した出番をお断りしては、この組織は生き残れないのではないか」という恐怖心があるから、努めて「出番を断らない男」としてやってきました。

  オンライン会合の最大の弱点は、聴衆・参加者の方々の生身のリアクションがどうしても肌感覚として受け止められないことですね。最近も、アフリカのインフラ関係のセミナーに3回連続で登壇してお話しする機会を頂戴したのですが、実は一度も私のプレゼンに対してフロア(というか、ネットの向こう側)から質問・コメントが出ませんでした。通常我々が投資セミナー等を開催する場合には、100人程度の参加者の場合に10問近くはご質問を頂くので、よほど自分のプレゼンの中身がダメダメだったのか、あるいは、聴衆の方々にとっては「そんなの、常識だよ」という内容を喋っていたのか、さすがに反省せざるを得ない訳です。ただし、中身の問題以外にも、オンラインという伝達手段にそういうインタラクションを阻む要素があるのだとすれば(どうもそんな気がする)、問題です。

  そう考えてみると、人間のコミュニケーションというものは、言葉や表情のみならず、何等かの空気感というか、一種の雰囲気に相当に影響されるというのは疑いようの無い事実だと思うのですね。聴衆の「目が輝いていた」とか、「溢れる熱気」だとか「白々しい空気」という比喩は、本当は比喩でなく、何等かの形で客観的にも計測できるものなのかも知れない。また、古くから「二人の剣豪の間に稲妻が走った」等という表現も使われてきましたが、これも文学以上のものがあり、おそらく現代の技術では定量的に把握できないが、空間に何等かの物理化学的な反応が生まれているのではないでしょうかね。

  昔の人は情報が少ない時代にあって、直接の対峙から得られる感覚を重視していたのだと思います。かつて、坂本龍馬が勝海舟に弟子入りした際に、勝は「あいつは俺を斬りに来たのさ」と言っていたそうですが、結局、龍馬は勝の見識に感嘆してその場で門弟になることを決めた訳ですし、また龍馬は、西郷隆盛については「小さく打てば小さく響き、大きく打てば大きく響く変わった男だ」と評していたようです。こういうことを、短時間の接触の中で、次の機会など簡単にはやってこない中、しかも自分を殺す側に立つかも知れない相手から感じ取るということは、相当特殊なセンサー機能を有していなければ到底無理でしょう。文明の発達はある意味でそういう野生のセンシング能力を我々から奪っている可能性があり、かなり心配です。