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第79回

第79回

  前々回に、3・11の東日本大震災直後の体験を書きましたが、今回はそれをベースにして「想定外」ということについて書いてみようと思います。

  東日本大震災では、幾つもの「想定外」が発生してしまったことが非常に大きな被害を生んだ要因となりました。まず最初に、「地震の想定外」です。学会も政府も、この東日本地域の太平洋岸は地震が周期的に発生する地域だということは早くから想定していました。しかしながら、それは「三陸沖北部」「三陸沖中部」「三陸沖南部海溝寄り」「宮城県沖」「福島県沖」「茨城県沖」といった個別の領域におけるM6~M8級の地震の発生を想定していたもので、よもやこれら全ての領域に亘って断層面の破壊が連動するM9級の大地震が発生するという想定はしていなかった訳です。

  次が「津波の想定外」です。古くは西暦869年に「貞観地震」という大地震が発生し、その時には、今の宮城県の内陸部3~4㎞にわたって浸水したようです。つくば市の産総研にある「地質標本館(常時公開)」には、その地域の「地質剥ぎ取り標本」というものが展示されており、その中には津波堆積物と思しきものを見ることができます。450〜800年間隔でこの地震と津波は発生しており、その後、室町時代に発生したものもこの規模だったことが判明したようです。非常に残念なことに、原発安全性に関する「長期評価」の議論の最中に震災が発生し、この知見が活かされなかったことも皆さんご記憶と思います。ちなみに、「南海トラフ地震」では、高知県黒潮町34m、静岡県下田市33m等という津波の可能性が指摘されており、こうした津波は他の地域でも発生する可能性があるわけです。3・11では、津波を警戒して避難したにも関わらず、犠牲になった方が大勢居られました。これは極めて悔しい事態です。

  もう一つは、「福島第一原発にそのレベルの津波が来るという想定をしていない」という問題です。これは、事後に出された幾つかの「事故調査報告」でも明らかになっていますが、「非常用電源の設置位置」等は、もし「想定」が適切にできていれば、それほど大きなコスト増を招かずに最悪の事態を回避できていた可能性があります。また、いわゆる「ベント」についても発動のタイミングや実施方法によっては、その機能を十全に発揮できていた可能性があります。

  更には、津波後のメルトダウンとそれに続く事態を可能な限り回避するための原発の「冷却を巡る想定外」ではないでしょうか。私も最近刊行された書籍で知ったのですが、爆発した後の原子炉に海水を注入した際に、実は炉芯に届いていた水量はごく僅かであった、ということです。この件は、当時の総理官邸が「注水の中止」を指示し、それを無視して断行した故・吉田福島第一原発所長の「英断」が評価されてきたと思います。しかし残念なことに、水は途中で大部分が漏れていたらしいのです。なぜそうだったのかは、私もまだ色々な文献を調べていることろですが、原因は「配管の破損」なのか、「冗長系が無かった」なのか、あるいは他の理由なのか分かりませんが、いずれにせよそうした事態を「想定」していなかったことと、その情報が現場の運用側に共有されていなかったという意味で、エンジニアリングの敗北です。

  ここで書いているのは「後出しジャンケン」みたいなもので、現時点の知見で当時のことを断罪するのは公平とは言い切れません。「お前が設計者だったら、お前が規制当局者だったら、お前があの現場にいたら、事故は起きなかったのか?」と言われれば、言葉もありません。ただし、こうした惨事を二度と起こさないためには、「想定」と「予防策」と「収拾策」について、科学的洞察に基づく最高の知で臨み、かつ、実践することを肝に命じるべきだと考えています。